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2015年1月29日木曜日

☆歌手 「よし いくぞう」 さん(62)の場合

腸の病気と肝炎

=歌手 「よし いくぞう」 さん(62)の場合=


貧しさの中 歌手になる決心 について、ヨミドクターで読みました。

 「雪國」「酒よ」などのヒット曲で16回連続、紅白歌合戦に出場した吉 幾三さん。

自ら作詞、作曲する特異な演歌歌手だが、 津軽なまりの愉快なタレントとしても活躍している。

そうした 吉 幾三さんだが、30歳代から腸の病気を繰り返し、
その際の輸血が原因と思われるC型肝炎などと闘ってきたという。

9人兄弟の末っ子として、太宰治の出身地・青森県の金木で生まれた。
父は農業をしながら、民謡歌手としてならしていた。

その才を受け継いだのか、歌声のきれいな子だったという。 中学2年で、歌手になると決心。  

「家が貧しく、両親に楽な生活をさせてあげるには、それしかなかったんだ」と、吉さん。  

親の勧めで高校受験はしたが、 名前の欄には本名の前に「歌手」と書いたそうだ。
不合格になった。 中学卒業式の数日後、上野行きの夜行列車に一人で乗った。

「お前が考えるような簡単なもんじゃねえ」と反対する父には、勘当されていたという。 「いつ戻ってきてもいいんだよ。今、一緒に帰るかい」と、青森駅で見送ってくれた母。

そんな母を振り切った。

列車が動き出すと、雪の中を追いかけてくる母が見えた。
「仙台あたりまで、一晩中泣いてたね」と、吉さん。

十五の春に上京。嫁いでいた姉を頼り、板前、酒場店員などをした。

その合間に歌のレッスンを受け、20歳でデビュー。

だが、売れなかった。10円玉を握り、赤電話の前で実家にかけようか迷いながら、涙した。・・

☆歌手 吉 幾三(よし いくぞう)さん(62)

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